マツダスタジアムで成功した「広島型コンソーシアム」を、今度は球団経営へ
私は、広島東洋カープを公営化したいわけではない。
松田家から株式を取り上げたいわけでも、市民全員で経営判断を多数決したいわけでもない。長年にわたって独立採算で球団を維持してきた経験や、プロ野球球団を運営してきた知識は、これからも必要だと思っている。
ただし、広島東洋カープがこれからも「市民球団」を名乗るなら、その言葉を球団創設時の昔話だけで終わらせず、現代のガバナンスとして実体化してほしい。
今のカープに必要なのは、所有者を替えることではない。
球団の外にある広島の知恵を、恒常的に経営判断へ取り込む仕組みである。
そのお手本は、すでに広島にある。
マツダスタジアムである。
「信頼関係」は、理由ではなく結論である
2026年10月1日、カープは小園海斗、矢野雅哉、前川誠太、田村俊介の4選手と翌季の契約を結ばないと発表した。
球団は、指定薬物エトミデートの使用について、4選手が使用した事実は確認できていないと説明した。一方で、来季に向けて球団との信頼関係を築くのが難しいとして、4人を自由契約にした。鈴木清明球団本部長は、報道陣からの質問に対して「シロかクロかと言えばシロ」とも答えている。IRAW by RCC
羽月隆太郎元選手については事情が違う。本人が起訴内容を認め、広島地裁で執行猶予付きの有罪判決を受けている。ここは、少なくとも社会的、司法的には一つの事実認定がなされている。テレ朝NEWS
しかし、残る4選手について球団自身が使用を確認できていないのであれば、何を理由として「信頼できない」と判断したのかが分からない。
球団の内部調査への回答に虚偽があったのか。調査への協力を拒んだのか。球団規則に反する行為が確認されたのか。問題のある交友関係を今後も続けると明言したのか。
それとも、何かが将来発覚する可能性を球団が恐れただけなのか。
これらは全く別の話である。
「信頼関係を築けない」という言葉だけでは、そのどれなのかが分からない。信頼関係という言葉は判断の結論であって、判断に至った具体的な理由ではない。
刑事手続における推定無罪が、民間企業の契約判断をすべて直接拘束するわけではない。球団には翌季契約を結ばない自由がある。
しかし、法的に契約を切れることと、その判断がファンや選手に対して十分に説明されていることは別問題である。
球団が選手を信じる、という選択もできた
私は、本人が使用を否定し、球団の独自調査でも使用を裏付ける事実を確認できなかったのであれば、球団は少なくとも新しい事実や司法判断が出るまでは、次のような方針を示してよかったと思う。
「現時点で、球団として違法行為を認定する事実は確認していません。本人も否定しています。したがって、現段階では違法行為があったことを前提とする処分は行いません。新しい事実や司法判断が示された場合には、改めて判断します」
これは選手を無条件にかばうことではない。
球団が確認できた事実の範囲を明確にし、それを超えて選手を犯罪者扱いしないというだけである。
外部から「甘い」「身内びいきだ」と批判されたなら、フロントが前に出て、「現時点で確認できた事実に基づく球団の判断です」と答えればよい。
ファンは、二軍時代から見てきた選手を信じたいのである。
その感情は、事実を隠蔽したいという意味ではない。罪が確認されたなら、残念でも受け入れる。しかし、本人がやっていないと言い、球団自身も使用を確認できないのであれば、少なくともその段階では信じてほしい。
ファン商売をする球団なら、その気持ちを軽視してはいけない。
現場へ押し付ける問題ではなかった
この種の問題で、新井監督やコーチ、選手起用を担当する現場に曖昧な判断を背負わせるべきではない。
フロントが現場に対して、
「違法行為をした選手とは認定していない。競技上は通常の選手として扱ってよい。起用するかどうかは、野球上の理由だけで判断してほしい。社会的な批判や説明は球団経営陣が引き受ける」
と明示するべきだった。
三軍で調整させるのか。一軍で起用するのか。ベンチに入れるのか。
それを監督が一人で考えれば、純粋な競技判断と球団の危機管理が混ざってしまう。
フロントが責任を引き取らず、現場に曖昧な状態を処理させ、オフになって4人との契約を終了する。それで球団として一区切りついたことにはならない。
終わったのは契約関係だけである。
ファンの疑問も、球団への不信も、選手を何年も応援してきた物語も、何一つ終わっていない。
プロ野球が売っているのは、今日の試合だけではない
プロ野球のファンは、目の前の一試合だけを買っているのではない。
二軍にいる若い選手を見つけ、一軍に上がるのを待ち、失敗を見守り、レギュラーになり、タイトルを取り、チームの中心になっていく過程を何年もかけて見ている。
ファンが買っているのは、試合だけではなく、時間の連続性である。
その選手が、何をしたのか分からないまま、球団の「信頼できない」という一言で突然いなくなる。
これが繰り返されれば、ファンは次の若い選手に同じだけ感情を投資しなくなる。
どうせまた、理由もよく分からないままいなくなるかもしれないからである。
これは戦力が4人減ることよりも、長期的には大きな損失になり得る。
「満員だから人気はある」は成り立たない
マツダスタジアムの観客動員を見るとき、単純に過去の入場者数と現在の入場者数を比べてはいけない。
球場には約3万数千人という供給上限がある。
3万2千人入った試合でも、本当は3万3千人が来たかったのか、10万人が来たかったのか、30万人が来たかったのかは、入場者数だけでは分からない。
三連覇前後の満員は、球場の収容人数で需要が打ち切られた数字だった。チケット抽選には重複申込みもあるため倍率をそのまま実人数にはできないが、席数を大きく上回る需要があったこと自体は間違いない。
一方、2026年にはマツダスタジアムで2試合連続2万人割れが起き、10月1日の中日戦も1万8915人だった。デイリースポーツ
週末に3万2千人入ったからといって、潜在需要が以前と同じだとは限らない。
かつては10万人以上の需要のうち3万2千人しか入れなかった試合が、今は3万3千人の需要で3万2千人入っているだけかもしれない。外から見れば、どちらも同じ「満員」である。
需要の低下が最初に露出するのは、平日、振替試合、消化試合、天候の悪い日など、条件の弱い試合である。
だから球団が本当に見るべきなのは、観客数だけではない。
完売までの時間、購入失敗者数、先行販売の実質倍率、年間指定席の更新率、リセールの成立状況、販売開始後の残席推移などである。
そして問うべきなのは、「10代のファンが少ないから客が減ったのか」「チームが弱いからなのか」だけではない。
球団のあり方そのものに共感できなくなり、ファンの心が離れているのではないか。
そこまで疑う必要がある。
マツダスタジアムという、広島のお手本
マツダスタジアムはカープの所有物ではない。
正式名称は広島市民球場であり、広島市が所有し、広島東洋カープが指定管理者として運営している。現在の指定期間は2019年4月から2029年3月までである。広島市公式サイト
法律上の第三セクターではない。
しかし、その運営思想は「第三セクター的なコンソーシアム」と表現できる。
広島市民球場運営協議会には、行政、地元経済界、スポーツ団体、メディア、市民団体、大学教授、弁護士、公認会計士、在京カープファン、マツダ、カープなど、異なる立場の人が参加している。球場運営に関する重要事項を、一つの組織だけで決めない構造になっている。広島市公式サイト
行政所有の施設である以上、最終的には納税者が納得できる形に収めなければならない。その代わり、公共施設として税金を投入できる。
一方、行政が細部まで硬直的に運営すれば、プロ野球興行の現実に対応できない。そこで、日常的に球場を使うカープに大きな運営上の自由度を与える。
ただし、市とカープだけが密室で話を付けるのではない。
経済界、専門家、市民団体、ファンなどを入れ、異なる常識を持つ人が同じ問題を見る。
この構造が強いのである。
新球場の基本設計でも、市民団体、応援団、カープの意見を反映し、女子トイレを旧球場の2倍以上にするなどの変更が行われた。広島市公式サイト
女子トイレに行列ができることを、「大規模施設では仕方がない」で終わらせない。
行列ができるなら、数を増やせばよい。
中にいる人だけでは見落とす当たり前の解決策を、立場の違う人を混ぜることで見つける。
マツダスタジアムは、この広島型の仕組みが実際に機能した例だと思う。
今度は球団経営に、広島の知恵を入れる
この仕組みを、そのまま球団へ移せばよいという話ではない。
株式会社広島東洋カープは、広島市の公共施設ではない。選手起用、ドラフト、トレードなどを、市民会議で決めるべきでもない。
しかし、考え方は移植できる。
例えば、球団内に常設の「カープ経営協議会」のような組織を設ける。
そこには球団経営陣だけでなく、広島で長年B2C事業を続けてきた企業から、人材を一定期間出向してもらう。
マツダ、イズミ、フレスタ、オタフクソースなど、具体的な参加企業は今後選べばよい。
大切なのは、成功企業を神格化し、正解を教えてもらうことではない。
長く一般消費者を相手にしてきた企業は、「理由がよく分からないまま客が来なくなる」という局面を何度も経験している。
商品が悪いのか。価格なのか。店舗なのか。説明の仕方なのか。経営者への不信なのか。時代が変わったのか。
そのたびに調べ、間違え、修正し、生き残ってきた。
将来、その企業自身が失敗したり、なくなったりすることもあるだろう。しかし、一定期間その土地で支持を得てきた経験まで無価値になるわけではない。
複数企業から人材を集めれば、カープ内部だけでは持てない失敗と回復の経験を一度に増やせる。
外部委員が年に一度会議へ出るだけでは足りない。
実際に球団内で仕事をし、内部事情を理解したうえで、「その説明は顧客には通じません」「本当に客が減った原因はそこですか」と言える人が必要である。
出向者の費用は球団が負担すればよい。
スポンサーに金を出してもらう話ではない。広島の企業が長年蓄積してきた顧客との向き合い方を、球団が正当な対価を払って借りるのである。
ファン代表は、熱心なファンだけでは足りない
ファンの声を入れる場合も、応援団や年間指定席保有者だけを「ファン代表」にしてはいけない。
応援団は重要なステークホルダーだが、ファン全体ではない。
毎試合球場へ行く人、年に数回家族で行く人、若い女性、子供連れ、県外ファン、テレビで見る人、以前は熱心だったが今は球場へ行かなくなった人。
それぞれ見えているカープは違う。
特に今、球団が最も話を聞くべきなのは、現在も熱心に来ている人だけではなく、なぜ来なくなったのかを語れる人かもしれない。
常任委員に加え、テーマに応じて市民・ファンのパネルを入れ替える方法もある。
現役メディア関係者を入れるかどうかは、球団との取引関係や利益相反を考える必要がある。メディア経験者や独立した専門家を入れる方法もある。
重要なのは、球団と同じ利害や同じ常識を持つ人だけで固めないことである。
最終決定は球団が行い、責任も球団が負う
コンソーシアム型にするというと、「みんなで話して誰も責任を取らなくなる」と心配する人もいるだろう。
そうしてはいけない。
最終決定権は、これまで通り球団経営陣が持てばよい。協議会はオーナーの代わりに経営する組織ではない。
違う経験と常識を経営判断に入れるための組織である。
重大な案件では、少なくとも次の観点から検討する。
何が事実として確認できているのか。
法的にはどうなのか。
選手の権利と名誉にどう影響するのか。
現場に何を任せ、何をフロントが引き受けるのか。
ファンはどう受け取るのか。
球団ブランドと将来の需要にどう影響するのか。
そして、記者会見でどう説明するのか。
ここまで検討しても説明できないなら、判断そのものがまだ成熟していない可能性がある。
説明できない決定は、まだ十分に考え抜かれていない決定かもしれない。
広報ではなく、トップが自分の言葉で話す
重大な判断をしたとき、広報担当者に発表文を書かせて終わりにしてはいけない。
広報は、言葉を整え、事実を確認し、想定問答を作る役割を担う。
しかし、最終的に記者会見へ出て説明するのは、オーナーや代表者など、判断をした経営トップであるべきだ。
広島のメディアを一堂に集め、冒頭説明だけではなく質疑応答も行う。
個人情報や捜査上の事情から話せないことは、「なぜ話せないのか」を説明すればよい。確認できていないことは、「確認できていない」と答えればよい。
分からないことに無理に答える必要はない。
しかし、答えられないことと、説明そのものを避けることは違う。
協議会や出向者は、記者会見に出てトップの代わりに答えるのではなく、事前に論点を洗い出し、想定外の質問が来た場合にも経営陣を支えられる体制を作る。
それが本来の広報と危機管理である。
公式Xのアカウントを作るだけでは、組織の透明性は高まらない。
トップが、自分たちが何を考え、なぜその結論に至ったのかを、自分の言葉で説明して初めて、球団の人格が見える。
「市民球団」を所有の歴史から、統治の仕組みへ
広島東洋カープが創設時に市民や地元企業に支えられたことは、かけがえのない歴史である。
しかし、その歴史を語り続けるだけで、現在の球団運営が自動的に市民球団になるわけではない。
令和の市民球団とは、市民全員が直接経営する球団ではない。
市が所有する球団でもない。
広島にある企業、市民、専門家、ファンの知恵が、継続的に経営へ入り、経営トップがその判断を地域に説明する球団である。
松田家を追い出す必要はない。
松田家が持つ球団運営の経験も、広島にある貴重な知的資源の一つとして残せばよい。
ただし、それを唯一の資源にしない。
マツダスタジアムでは、行政、カープ、経済界、専門家、市民、ファンが、それぞれの立場を残したまま知恵を出し合ってきた。
所有者と運営者を曖昧にせず、責任の所在を明確にしたまま、意思決定だけは閉じない。
広島はすでに、この難しい仕組みを動かした経験を持っている。
だからこそ、今度は球団経営でやってほしい。
今回の問題を、4人との契約を終了して終わったことにしてはいけない。
これは、カープが本当の意味で「市民球団」へ生まれ変わる機会である。
市民が救った球団から、市民の知恵で未来を作る球団へ。
それが、私の考える「令和の市民球団」である。